お手元不如意ブログ

拙者、ブログ侍じゃ

不便という概念は便利なものによって生まれている。

友人がスマホを壊してから一か月近く経つ。

 

そいつはスマホが使えなくなってから、パソコンだけで生活していて、Wi-Fiのある環境でないと連絡がとれない。

 

 

その様子を見た周りの反応は

 

 

 

 

「不便そうだね」

 

 

 

 

「生活大変そう」

 

 

 

 

「やっぱスマホって偉大ですわ」

 

 

 

 

みたいな感じだ。

 

 

 

 

 

でもよくよく考えてみるとスマホが普及したのはせいぜい2000年代後半だし、

50年前は携帯電話もパソコンも普通の人は誰も持ってなかった。

 

 

 

 

でもその当時の人々は、友達と気軽にメッセージが送りあえなくて不便とも、暇つぶしのために動画をみることができなくて不便とも思わなかっただろう。

 

 

 

 

 

今ではちょっとした待ち合わせでもスマホがないと焦るし、音楽や動画のない休日は考えられない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スマホやパソコンがなくても本読んで過ごせるからwww

 

 

 

 

 

 

 

と思った読書家の方もいるだろう。

でも、本だって初めからあったわけじゃないし、発明されてからも簡単に手に入らない時代は長かった。

 

 

 

今こうやって書いているブログはパソコンで書いてるわけだけどもパソコン以前に文字が発明されていないと書けない。

 

現代に文字禁止令を出したらどんな世界になるだろう。

不便すぎてみんなおかしくなってしまうのでは。

 

 

 

 

便利なものを知ってしまったが故にそれらがなくなると不便だと感じるようになる。知る以前は不便だとも思ってなかったのに。

 

 

 

私たちは便利なものを知りすぎてもう戻れなくなっているところまで来ているのではないでしょうか。

 

 

 

これが良いことなのか悪いことなのかは置いといて、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

不便だから早くスマホ修理しろ to友人

 

今回伝えたかったことはこれです。